【第6回】旅路で見た“光る文字”

ヒューッ、と鋭い矢がとんでくる。「あっ」と顔をそむける。

熱帯魚が泳いでくる。手でつかめそうになる。皆、立体映像のいたずらである。

むかし、映画館に立体映画が登場したことがある。赤と青の眼鏡をかけてみた。人気はあったが、観賞が面倒なのと、上質の映像が少なかったせいか長続きしなかった。

ただ、立体映像をみたいという願望はずっと続いている。博覧会や遊園地などで出合うことがある。

ビッグサンズも「PLZT素子」を使用したチラツキのない立体映像に取り組んだ。

創業9年目の1987年に、そのシステムの提供を始めた。ホテルや旅館などにハードを配置する。ソフトは、映画会社と提携して制作する会社も設立した。主 にエンターテイメントのソフトを制作した。立体映像だから医療技術の研究にも応用できる。その需要も掘り起こそうとした。

ともかく画面が鮮明である、と話題を集めた。技術力が評価された。だが、ひっぱりだこの人気というほどにはならなかった。

それは長時間の観賞が無理だったからである。見つづけると目が疲れる。15分ぐらいが限度かな、といわれた。これでは娯楽用にも医学用にも短すぎる。

3つめの「電子ディスプレー」はどうなったか。

大成功をおさめている。ビッグサンズのビッグな柱のひとつとなった。

電子ディスプレーは光る表示板である。「街は動いている」と前々回ご紹介した。街の表情だけではない。行政情報、交通情報、病院や銀行のお知らせ情報などを、わかりやすく、生き生きと変えた。

阪神大震災の被災地では、ビッグサンズの提供したたくさんの電子ディスプレーが、給水情報や医療班の動きなど災害対策の広報に役立った。生命を守る情報発信板の役割を果たしたのである。

村田社長は、「電子ディスプレーが市民権を得た」と、表現する。

もともと、電子ディスプレーは、村田社長の海外での見聞から生まれた。

10年ほど前である。アメリカではコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)を見学した際、シカゴの空港で、行き先表示のよく目立つバスがきた。

目立ったのは、光る文字で表示されているからだった。静止文字だったが、行き先を変えるとき、ぱっと一瞬できりかわる。日本のくるくると巻き取るタイプを みている目にはなんとも新鮮だった。光る物質は、発光ダイオード(LED)であると分かった。

(村上順一郎)
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